John Baldessari

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【日時】:2013年11月1日(金)~11月15(金)
【場所】:倉敷芸術科学大学11号館展示場「Zone」

現代アートの基盤を成すコンセプチュアルアート(アートを問う。問う事を持つ作品、哲学化した作品)を知り純粋芸術(モダンアート)→概念芸術(ポストモダンアート)の変容を体感的に学ぶために、カリフォルニア大学教授で、世界的に著名な芸術家であるジョン・バルデサリ氏にコラボレーション展を依頼し一般公開で行いました。学生は「I will not make any more boring art(私はもう二度と退屈なアートを作らない)」、「John Baldessari sings Sol LeWitt(ジョン・バルデサリ、ソル・ルイットを歌う」、を制作し、メールでのやり取りも作品として展示しました。

ジョン・バルデサリは1931年カリフォルニア州ナショナル・シティでイタリア人の父とデンマーク人の母の間に生まれました。サンディエゴ州立大学で美術と文学、哲学を、カリフォルニア大学バークリー校で美術史を学び、同ロサンジェルス校を経て再度サンディエゴで美術の修士号を取得しました。バルデサリはファウンド・フォト、アプロプリエーションを使った初期のコンセプチュアル・アートの重要なアーティストです。人々は彼をコンセプチュアル・アートのゴッドファーザー、アプロプリエーション・マスター、デジタル時代のシュールレアリストなど尊敬を込めて呼びます。

バルデサリが作家活動をはじめたのは50年代で、はじめ抽象絵画を制作していましたが60年代に入ると言語を取り入れた絵画や既存の写真、特に映画のスチル写真の切り抜きをコラージュした作品を制作しはじめました。70年代に入るとすぐ、1953年から1966年まで制作した絵画を火葬場で焼くというパフォーマンスを行い「火葬 プロジェクト」(“Cremation Project” 1970)と題したビデオ作品にしました。また本展覧会のタイトルでもある「私はもう二度と退屈なアートを作らない」(“I Will Not Make Any More Boring Art,”1971)や「バルデサリ、ソル・ルイットを歌う」(“Baldessari Sings LeWitt” 1972),など歴史に残るビデオ作品も制作しました。80年代に入るとスーパーマーケットでみた値段タグから思いついたドットをスチル写真に貼付けた作品を発表しました。82歳になった今も現役で作品を作り続けています。また、バルデサリは美術教師として、デイヴィッド・サーレやマイク・ケリーらの才能を発掘すると共に、シンディ・シャーマンやバーバラ・クルーガー等のトップアーティストやグラフィック・デザイナーに大きな影響を与えています。

バルデサリは全世界で1000以上のグループ展、テートモダン、MOMA、グッゲンハイムを含む200以上の世界の重要な公立美術館で個展を行っていて、2009年のヴェネツィア・ビエンナーレでは、オノ・ヨーコ氏とともに生涯業績部門の金獅子賞を受賞しました。また、アメリカで最もステイタスの高いアメリカン アート&サイエンスのメンバーでもあります。

本展覧会を行うにあたり、快く快諾して下さったジョン・バルデサリ氏、バルデサリ・スタジオのレイシェル・ジョージ氏、フリーランス・キュレーターの腰原慶子氏、ゲント大学の美術史准教授、アン・セステレイン氏の協力のおかげで開催する事ができました事を感謝と共にお伝え致します。

 

© John Baldessari

 

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